なんだか最近、毎日が同じ繰り返しでつまらない。。俺って何のために生きてるんだろう。。
自分が目指していた夢は諦めてしまった。。最近は会社でも家でも、誰にも自分を認めてもらえてない気がするし。。なんなんだ俺の/私の人生は。。
こんな事を時々考えて、ちょっと憂鬱になったりする時ってありますよね。
人生とは何かを考える時
まず、「人生って何?」「何のために生きてるんだろう?」って考える時って、
基本的に落ち込んでる時です。
なんだか自分が本来やりたかった事が出来てない時、
自分の本来の意思、こころざしを折り曲げたり、心の奥底にしまって、違う事をやってる時です。
好きな事、やりたかった事に没頭している時、なにかにがむしゃらになってる時って、人生ってなんなんだろうなんて考えません。むしろ、「人生最高だな。楽しいな。ビューティフルだな、エキサイティングだな」って感じるはずです。
つまり、人生とは何かというと、「やりたい事をやる。本音で生きる。」という事です。
本音を押し隠して生きてると、人生が嫌になっていきます。
生きてる意味を感じなくなっていきます。
無難に生きるは、生きていない。
私が配達の仕事をやっていた時です。
20歳の時に、就職に失敗して実家に引きこもっていたのですが、
その後、就いた仕事が配達の仕事でした。
この配達の仕事はある意味私にピッタリでした。
私は、いわゆる毎日上司になじられながらデスクワークしたり、
仕事帰りに行きたくもない人と飲みに付き合うとか、
そういう生き方が嫌だったので、
一人で楽しい事を考えながらできる配達の仕事はストレスも少なく、
自分にはバッチリだと思っていました。
実際、その後、お金もある程度貯まったので、
実家から出て一人暮らしも始め、
毎日好きなものを買ったり食べたりして、
それなりに悪くない人生になりました。
しかし、それは本当に欲している人生ではありませんでした。
「悪くない人生」であって、「本当に目指したい人生」ではないのです。
だって、心の奥底では彼女が欲しいなぁと思っていますし、
当時は年金も払っていませんでしたし、
貯金もほとんどありませんでしたから老後も心配でした。
でも、無理やり自分を納得させていたのです。
私は当時、自分の仕事を誇れていませんでした。
なので、自分に自信がなく、彼女も出来ませんでした。
配達先のOLさんとかと仲良くなろうとあの手この手を使ったりもしましたが、
やっぱり自分に自信がなく、「所詮は配達の人って見下されてて、相手にされてないんだろうな」とか勝手に思い込んで、劣等感にまみれていました。
これからずっとこの配達の仕事を老後もやっていて、
ずっとこの1ルームで今後は恋人が出来る事もなく、
毎日ジャンクフードで食欲を満たして、
性欲はAVでも見てシコシコ満たして、
なんとなーく満たされて、なんとなーく無難に生きていくんだろうなぁ。。
そう本気で思ってました。
この時にやはり私も思いました。
「人生ってなんなんだろう。。人生ってつまらないなぁ。。何のために生きてるんだろう。。」って。
でも、本当は心の奥底にあるんですよ。もっとこうしたい、ああしたいって事が。
「彼女が欲しいなぁ。。」
「もっと自分に自信を持てるような仕事したいなぁ。。」
「何か新しい事にチャレンジしたいなぁ。。」
心の奥底に押し隠してる「本当はこうしたい」って事に蓋をして、
「自分には無理だ」ってチャレンジもせず諦めてしまっていたんです。
その後、周りの人の叱咤激励などもあり、
ぱかーんと吹っ切れて、実際にその人生から脱却します。
海外生活したり、テント生活してみたり、国際恋愛したり、起業したり、
もう本当に当時では信じられないような面白い人生になりました。
「生きてる!」って感じがしました。なぜなら本音で生きてたからです。
自分に嘘を付かないで生き始めたからです。
がむしゃらに現実を生きてる時って、「人生ってなんだろう?」なんて考えすらしません。
なぜなら、今ある現実が面白いからです。
今、もしあなたが「人生ってなんだろう?」って考えながら、ため息付いているって事は、
なにか心の奥底でやりたいって思ってる事、
変えたいって思ってる事、
脱却したいって思ってる事があるのに、
その通りにしないで、押し殺して生きてるから、そう感じるんです。
人の人生を生きるな!
別の言い方をすると、あなたは誰かの人生を生きてる可能性があります。
親の人生、我が子の人生、夫や妻の人生、会社の上司の人生、
あなたの人生の主役はあなたです。他の誰でもないのです。
なのに周りの幸せのためにと思って、自分を押し殺して生きていくという事は
あなたの人生を生きていないのです。
もっと自分の本音を聞いてみてください。
自分の本音というのは、何度もリフレインする事です。
忘れようとしても、また湧き上がってくるような感覚、やりたい事です。
妥協案も考えてみよう
例えば、あなたが専業主婦で「本当は夫の言いなりになって、毎日炊事洗濯してテレビ見ながらブツブツ独り言を言うような生活したくなかったんだ。私は本当は歌手になりたかったんだ。こんな家に閉じ込められてる生活はうんざり!じゃあ離婚しよう!」
と考えたとします。
そういう今のしがらみをかなぐり捨てて、新しい人生に歩んだ場合も、人生最高!ってなってすごく良いのですが、
みんながみんな「私の意見が通らないから、だったら離婚だ、お別れだ」と言っているときりがないのも確かです。
だって、やっぱり人間分かってくれるパートナーって必要ですよね。
一人孤独に奮闘してるのって辛くて、そんな時も「はぁ、人生ってなんだろう」ってまたなっちゃいます。
だから、相手に本音をぶつけるんです。
「私は実は歌手になりたいの。だからこれからは歌の教室にも通うし、ストリートで歌ったりもするし、ジャズバーで歌ったりもする。あなたがそれを認めてくれないのならば、離婚する覚悟もある」
という感じで、絶対にこの意見は曲げない。これが私の決意なんだっていう事を相手に決死の覚悟で伝えると良いです。
相手に自分の本音が伝わると、相手も「ああ、こんなに我慢させてたんだな。。」と分かって、妥協案を出してきたり、譲歩案を出してきたりします。
「分かった。じゃあ自分も実はカレコレこういう事をやりたいから、それを許してくれ」とか
「歌の学校の学費は自分で稼いでくれよ。家事は分担しよう。」とか。
お互いが納得し、お互いが自分の人生を生きれて、なおかつ、お互いの人生劇場にクロスオーバーできるような関係を築いていけるようになります。それって最高じゃありませんか?
例えば、アベンジャーズとかもそうですよね。
それぞれ自分が主役の映画があるけど、お互いの映画に助っ人としても出てきますよね。
アイアンマンという映画がありますが、
アイアンマンはキャプテン・アメリカやスパイダーマンの映画にも、出てきますよね。
ああいうのが本来あるべき人生です。
自分の人生の主役は自分。
そして応援したい人の人生にも助っ人役として登場する。
自分の本音と向き合った時、人生とはなんなのか?なんて考える事なく、
コレが私の人生なんだ!と分かるようになります。
もちろん、人生山あり谷ありですから、
また壁にぶつかったり、失敗したりすると、
「人生ってなんなんだろう」って悩む日も来ます。
でも、またその時はその時で、本音と向き合えば、また新しい人生の道標が出現します。